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田辺太一蓮舟のつぶやき 翁の著書:幕末外交談から(2-6)

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函館戦争に関して田邉太一はつぶやく。
<私の関与>
函館戦争では榎本武揚が總裁、大鳥圭介が陸軍総司令官、そして荒井郁之助が海軍総司令官だった。私は横浜に残って軍資金調達をしていた。榎本武揚は父石庵の私塾生だった。また長崎海軍伝習所で一緒だった。大鳥圭介は幕府陸軍で兄田邉孫次郎と交友があった。荒井郁之助は義兄である。こんな近い関係の者が集まって対薩長函館戦争をやったのだ。

<五稜郭の戦い>
榎本等の狙いは北海道に幕臣独立国家を作ることだった。私の幕府時代の「国益優先」という信条には背くが、戊辰戦争における薩長の、とくに薩摩の卑劣なやり方と旧幕臣に対する不当な処遇に憤慨していた私には"時の勢い"だった。憎い薩摩ではあるが、薩摩の黒田が榎本、大鳥、荒井を許したことは意外。意気に感じた三人は明治政府に幕府時代の知恵を伝承した。

<薩長に弓引いた三人のその後>
勝海舟の伯爵には及ばないが、榎本は子爵、大鳥も男爵と華族に列せられた。荒井は中央気象台長となった。函館戦争が薩長ではなく「低気圧に負けた」との思いから気象学に入ったもの。私も外務省で使ってもらい、勅撰貴族院議員にしてもらった。新政府は旧幕府のテクノクラートを上手に利用した。これは江戸城無血開場の賜物だろう。徹底抗戦をしないでよかった。

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