「ファイブアイズ・ネットワークス株式会社」様インタビュー記事
Q.会社プロフィールを教えてください。
ファイブアイズ・ネットワークスは株式公開のコンサルタント業をやっております。 創業が2000年の7月で、6年ぐらいやっている会社で、10人を超えるぐらいのメンバーで、独立系の中では、一番大きいコンサルタント会社だと思います。
Q.会社の特徴を教えてください。
株式公開のコンサルタントをやっている会社というのは、今2千社とか2万社とかものすごい数があるんですけれど、大きく分けて専業でやっている会社…株式公開のコンサルタントだけをやっている会社と、あとは兼業でやっている会社に分かれると思います。
大多数の会社は、兼業で株式公開のコンサルタントをやっていて、たとえば税理士さんが自分のお客様が株式公開をされる場合に、コンサルタントをしたり、あるいは公認会計士さんが株式公開のコンサルをされているとか、あとは大きいところだと大手の証券会社だとか、証券会社が実際は引き受けをやるんですけれど、引き受けを受ける前の段階で株式公開のコンサルをされているとか、監査法人さんの系列の中に株式公開のコンサルタントの会社があったりです。
うちの特徴は、「専業」ということ。 株式公開のコンサルタントを専業でやっているというのが非常に大きな特徴で、専業でやっている人の中でも大多数の人が個人経営なんですね。 私の会社は、法人経営。事業として、株式公開のコンサルタントをやっています。なので、非常に珍しいケースの会社じゃないかと思います。
どういうところが、ファイブアイズってすごいのっていうのはなかなか分からないとおもうんですけど、お客様から見ると「何を頼んでもできる」たとえば、人事制度を作りたいと言われても、人事制度もある程度作れるし、たとえば会計のところを見て欲しいと言われても、原価計算精度を構築して欲しいと言われても、それもある程度できます。 ある程度、経営に関することであれば、ほとんどワンストップでこなせるというのが我々の強みじゃないかと思っています。
普通の弁護士の先生だと、法律のことは…たとえば裁判をやるような法律のことはすごくできるんですけど、裁判にならないような法律の問題になると、やったことがないとか、会計士さんの場合でも、会計の分野はすごく強いんですけど、そこからちょっと外れると分からないとか、そういうケースが多いんですけど、我々はある程度、分野と分野の狭間のところをかなりやれるんで社長から見れば、だいたい自分が知りたいことややりたい事を相談してもらえれば、ほぼ的確な答えが出せるというのが特徴じゃないかと思っています。
意外とまだ株式公開とかまだ5年先とか10年先だ、みたいなお客様でも一度ご契約頂いて一緒にやらせて頂くと、そのまま株式公開はできなくても、ずっとコンサルが続くというケースもございます。
Q.IPOコンサル以外の仕事はどのようなことを行っていますか?
広い意味ではコンサルの仕事になってしまうんですけど、公演をやったりそういう機会は多いので、だいたい月に5本~6本くらい公演をやってまして、それは株式公開を目指すベンチャー企業の社長を中心にした勉強会とか、ベンチャー企業を支援するための色々なインキュベーションマネージャーですとか、地方の自治体の方向けの公演をやったり、そういった講演会の仕事というのは若干あります。
あとは、多少文章を書いていたり、新聞だとか雑誌から依頼があれば、ベンチャー企業の経営をテーマにした文章を書いたりしています。
Q.沼田先生の経歴をお聞かせ下さい。
昭和63年に東京大学の文学部を卒業して大和証券に入社したんですけども、大学に行って文学の勉強をしていたわけではなくて、お芝居の世界にずっと行こうと思っていまして、役者になろうということで、ずっと過ごしていたんですけども、ただ昭和63年の頃はバブルが絶頂の頃だったので、証券会社の人からものすごくお金が動く世界があるから見に来ないかと言われて、まったく証券の分野には興味がなかったんですけど、フラフラっと大和証券に入っちゃったと(笑)いうのがこの仕事をやった最初のきっかけです。
大和証券の中では、最初2年間くらい営業をやってまして、営業2年ぐらいやったあとに大和証券の人事部で4年間くらい仕事をしまして、平成6年から公開引き受け部、ようは今の株式公開の仕事をスタートしたというような経歴です。
私の場合は、人事部とか営業とか6年ぐらい他の仕事をやってましたので、自分の同期の人に追いつくためにも、必死になってやらないと追いつけないということで、新しい分野ですとか今まで人のやっていない分野を一生懸命やるしかなくて、ITの会社にめぐり合いまして、ベンチャー企業が新興市場を使って株式公開をして、自己実現をしていくみたいな世界に、非常に「あ、これ面白いな」と思いまして、新興市場の株式公開っていうのを専門にやるようになった。というのが経歴です。
平成12年まで大和証券にいまして、6年間株式公開の仕事をしまして、平成12年の7月にファイブアイズネットワークスを立ち上げて、今自分もベンチャー企業の社長のまねごとをしているというような状況です。
Q.独立のきっかけはなんですか?
当ベンチャー企業の株式公開を応援している中で、フューチャーシステムコンサルティングさんという会社を担当させて頂きまして、その会社はいま東証一部上場企業になってまして、非常に大成長をしている会社なんですけども、その会社の公開準備をしているときに、会社から強く言われたのが、日本とアメリカの差なんですね。マイクロソフトみたいな大きな会社が日本でできるかと言われると、これはなかなかできないんですね。
今でこそ、楽天だとかソフトバンクとか大きな会社が出てきたんですけども、その当時は株式公開の仕組みもなかったので、いくら才能があって優秀な人がいても一生懸命勉強して努力して経営を覚えて、自分で会社を立ち上げても、日本の中ではそれほど大きな会社っていうのはできない状況で、それはフューチャーシステムコンサルティングさんで随分教えられて、このまま何にもしないでいると、アメリカの会社が株式公開をしてNASDAQで資金を調達してベンチャーキャピタルで育っていって、その資金力と信用力でいい人材を雇って、それで日本に来るだろうと。
そうすると日本のIT企業は太刀打ちできないだろうと思いまして、これはいけない、新しいマーケットを作って、ちゃんと経営者が努力をして頑張ればアメリカ並みとはいかなくても、その10分の1の会社は作れるような、インフラを作らないと。ようはいくら人間が努力しても、努力が報われるような仕組みを作らないとベンチャー企業って育たないんだな~っていうことをすごく大和証券にいたころに実感しまして、それでフューチャーシステムコンサルティングさんの上場が終わった後に、できれば大和証券を辞めて自分で仕事をしたいな~と思い始めたんですね。
できれば、ベンチャー企業の社長のためだけに、仕事をやってみたいなという気持ちがすごい強くなって、それで独立をしました。 制度を直していくのはもっと後で、証券会社の優秀な人がやられていると思うので、これから新しく出来てくる制度を、ベンチャー企業の社長が少しでも効率よく使って少しでも自己実現ができるようにするには、証券会社の中ではやりきれないなと。
本当に制度をきちんと正しく理解している人がベンチャー企業側に立って、この制度はこう活用してこういう風にやれば効率的に株式公開ができるんだよ、ということを応援してあげないといくら才能があっても、アメリカの経営者には勝てないし、別にアメリカの経営者に勝てないだけだったらいいんですけど、日本の産業が育たなければ、いづれアメリカなり外国のベンチャー企業がどんどん発展していって、日本の経営者が伸びる余地がなくなってしまうんじゃないかと、いうことを思って、ベンチャー企業の社長を応援するための会社を作りたいと思って独立しました。













